沿革 (敬称略)

昭和6年発行
「鶴見臨港鐵道要覧」沿革
浅野總一郎翁 昭和13年当時発行株券(機関車)

大正13年04月26日
地方鉄道施設貨物運輸免許(濱川崎〜辨天橋、白石〜大川及び安善〜石
油間)取得。
大正13年07月25日
創立総会開催。(資本金100万円) 初代社長 浅野總一郎 就任。
大正14年03月05日
第1期線工事着手.。
大正15年03月10日
第1期線貨物線敷設工事(濱川崎〜辨天橋、安善〜大川間)竣工 石油支
線以外の運輸営業開始。翌4月10日には第1期線全線の運輸営業開始。
昭和02年03月19日
扇町線免許状を受け、工事施工許可申請書を提出。
矢向線は9月22日に敷設免許を受け10月中旬より実施測量設計に着手。
昭和02年08月04日
大森線敷設免許申請(取得昭和04年06月29日)
昭和4年 6月
旅客運輸営業認可
昭和4年09月21日
臨時株主総会開催 海岸電気軌道鰍ニの合併契約承認。
昭和5年04月21日
海岸電気軌道株式会社合併解散・変更登記完了 (川崎大師〜総持寺間
 海岸軌道9.5km)
昭和5年10月28日
仮鶴見-鶴見間を除き電化完了、旅客運輸開始。
辨天橋〜仮鶴見間営業により全線電車運転開始(総延長距離9.2km)
昭和5年12月  日
第二代社長 白石元治郎 就任。
昭和9年12月23日
鶴見駅連絡工事は12月22日竣工し、23日より連絡運輸を開始。
昭和12年11月30日
海岸軌道線(総持寺前〜川崎大師間9.5km)廃止。
昭和13年05月01日
川崎乗合自動車合併後、バス路線を鶴見川崎臨港バス(現川崎鶴見臨
港バス株式会社)に譲渡。
昭和18年07月1日
国家総動員法(昭和13年)に基づき、1941年(昭和16年)に公布された改正
陸運統制令によって、鉄道と附属物件は鉄道省により買収され、鉄道省鶴見
線に改称されました。なお、当時の鐵道省との協定書案では「地方鐵道法第
三十條以下の規定に依り」となっており、社内文書等も地方鐵道法による買収
とされています。
昭和18年11月30日
臨時株主総会開催。政府買収と今後経営方針。
第三代社長 山田 胖 就任。
昭和22年11月19日
第四代社長 田中 鎌造 就任。
昭和26年06月1日
「資産再評価法」に則り一部資産再評価実施.。
昭和29年02月5日
第五代社長 廣川 與喜松 就任。
昭和31年頃
ビニール塗料原料と高圧水銀灯の販売。
昭和34年頃
鶴見駅西口臨港ビル計画が浮上。
昭和38年 1月
再評価積立金を800万円取り崩しで無償増資、資本金1,600万円へ倍増
(発行済株式総数16万株→32万株)
昭和48年09月
再評価積立金13,827,387円を資本準備金へ
昭和59年08月21日
代表取締役 廣川 與喜松 急逝に伴い臨時取締役会開催。
第六代社長 筒井 就任(■はシに憲)。
昭和60年10月
ミナールビル(7階建商業ビル、延床面積:1,751坪)竣工、本格的に、ビル賃貸
事業開始
昭和62年 06月
本社移転:ミナールビル6階
昭和63年 07月
宅地建物取引免許取得
平成03年05月
第七代社長 津田 一郎 就任。
平成06年 02月
東亜ハーモニー鶴見(8階建共同住宅、延床面積:457坪)竣工
平成07年06月
第八代社長 吉田 幸雄 就任。
平成11年06月
第九代社長 鈴木 峯生 就任。
平成14年06月24日
第十代社長 柳井 仁平 就任。
平成17年06月24日
第十一代社長 本城 宏基 就任。
平成19年06月20日
第十二代社長 村本 純一 就任。
平成23年11月1日
9月20日開催の臨時株主総会にて「平成23年11月1日を効力発生日とする当
社と東亜建設工業鰍ニの株式交換契約」が承認された。
(東証一部、札証上場)東亜建設工業株式会社の完全子会社化
平成24年06月26日
第十三代社長 中島 久明 就任。
平成24年 8月
鶴見四季彩(8階建共同住宅及び事務所、延床面積:328坪)竣工
平成28年 2月
技術研究開発センター(地上4階 地下1階 塔屋1階 延床面積3,720.86m2)
竣工
平成28年6月27日
第十四代社長 白井 稔 就任。