◆昭和恐慌と金融の件


 当社の歴史を考える時、創業間もない昭和恐慌時の対応は避けて通ることはできません。

 1929年(昭和4年)10月のニューヨークの株価暴落に端を発する世界恐慌が日本に及んだのが昭和5年3月頃、そしてその年11月には創業者が逝去し、不況と信用収縮が世界中を覆う中、鶴見線第二期工事は最盛期を迎え、一方で海岸電気軌道を吸収したことにより多額の創業負債を引き継ぐこととなり、この当時の資金繰りはまさに世界恐慌の荒海に翻弄され、通常の財閥系企業でも大変な状況で、創業間もない鐵道會社としては先行投資が重くのしかかり、不況に喘ぐ荷主からの運賃値下げ要請により収益も圧迫され、昭和7年上半期には遂に赤字決算を余儀なくされるなど、非常に苦しい状況にありました。

 昭和4年下期以降の当社の負債・資本の状況をまとめますと以下の通り。      単位:円
決算回
決算期
売上高
仮有利子負債
増減
純資本
増減
資金需要使途
11回
昭和04年11月30日
241,634
2,130,147
428,140
2,200,000
400,000

12回
昭和05年05月31日
313,992
4,550,669
2,420,523
2,850,000
650,000
海岸電気軌道合併
13回
昭和05年11月30日
289,136
5,422,572
871,903
3,250,000
400,000
旅客営業開始
14回
昭和06年05月31日
321,852
5,059,986
▲362,586
3,849,590
599,590

15回
昭和06年11月30日
364,101
5,054,909
▲5,076
3,849,650
60

16回
昭和07年05月31日
321,973
5,355,370
300,460
3,850,000
350

17回
昭和07年11月30日
364,743
5,142,009
▲213,360
4,052,310
202,310
買収請願
18回
昭和08年05月31日
356,173
5,318,949
176,940
4,149,840
97,530

19回
昭和08年11月30日
431,494
4,949,540
▲369,409
4,150,000
160

20回
昭和09年05月31日
386,614
5,293,511
343,971
4,150,000
0

21回
昭和09年11月30日
459,520
4,942,563
▲350,949
4,150,000
0

22回
昭和10年05月31日
423,215
5,597,667
655,104
4,150,000
0
鶴見駅連絡開始
23回
昭和10年11月30日
509,995
4,940,140
▲657,527
4,449,900
299,900

24回
昭和11年05月31日
568,576
5,140,000
199,860
4,450,000
100

25回
昭和11年11月30日
547,890
4,915,000
▲225,000
4,450,550
550

26回
昭和12年05月31日
602,786
4,990,000
75,000
4,750,000
299,450

27回
昭和12年11月30日
667,152
4,630,000
▲360,000
4,750,000
0
鶴見川崎臨港バス叶ン立
28回
昭和13年05月31日
709,823
5,000,000
370,000
3,800,000
▲950,000
海岸軌道線廃棄
29回
昭和13年11月30日
728,062
4,695,000
▲305,000
3,800,000
0

30回
昭和14年05月31日
827,782
4,822,000
127,000
3,800,000
0

31回
昭和14年11月30日
797,479
4,901,750
79,750
3,800,000
0

32回
昭和15年05月31日
841,507
4,933,500
31,750
4,431,650
631,650

33回
昭和15年11月30日
853,640
5,315,714
382,214
5,000,000
568,350
事業設備拡張
34回
昭和16年05月31日
910,910
4,993,329
▲322,385
5,000,000
0

35回
昭和16年11月30日
995,810
5,253,079
259,750
5,000,000
0

36回
昭和17年05月31日
1,138,799
4,456,829
▲796,250
6,500,000
1,500,000
借入金返済
37回
昭和17年11月30日
1,296,892
4,630,579
173,750
6,532,000
32000

38回
昭和18年05月31日
1,556,275
3,664,329
▲966,250
8,000,000
1,468,000
電車新造借入返済
39回
昭和18年11月30日
2,091,511
0
▲3,664,329
8,000,000
0
戦時買収








※仮有利子負債は借入金に支払手形を加算した数値。純資本は株金から未払込株金を除いた数値。黄色塗は恐慌期。
 第23回で財団抵当借入金350万円が表示されてますので、それまではその類は支払手形で表示していたものと思われます。一方借入金は海岸軌道合併時の193万円が昭和10年まで維持されておりますので、それまで返済は滞ったものと思われますが、その後返済を継続して昭和18年には完済となっております。

 上記記載の通り、恐慌開始期の昭和4年11月期の仮有利子負債+純資本=430万円余が、恐慌底期の昭和6年11月期には倍増して計890万円となり(460万円増)、戦時体制に入り好況加熱景気となった昭和18年5月期には計1100万円余に達しております。昭和5(1930)年から昭和6(1931)年11月までの昭和恐慌期には年間平均実質経済成長率は0.7%、同消費者物価下落率は10.8%に達し、株価と地価はそれぞれ29%と21%も下落したということですから、この間の資金調達は相当厳しい状況だったと思われます。

 昭和4年6月13日付重役会決議書「金融ニ関スル件」によれば、「鶴見線ハ昭和二年ヨリ用地買収ヲ開始シ本年四月ヨリ一部工事ニ着手シ現営業線モ線路及停車場ノ改良ヲナシ電化工事ヲ進メ昭和5年5月ヨリ鶴見扇町間ノ旅客運輸開始ノ筈ニ有之又矢向線ハ本年ヨリ用地買収ニ着手シ昭和6年開通ノ豫定ニ有之左記方針ニヨリ資金調達致度。・・・記 當社本年五月末現在建設費総額ハ約参百五拾四萬千圓ニシテ内開業線(四・三哩)弐百五拾八萬圓、未開業線(鶴見線及矢向線計三・五哩)九拾六萬五千圓ナリ。右金額ハ拂込済株金百八拾萬圓、三井信託借入金百参拾萬圓及其他借入金並ニ各種社内保留金四拾四萬五千圓ヲ以テ支辨シ居レリ。今後鶴見線及矢向線建設費並ニ川崎線改良費トシテ本年中に弐百六拾参萬圓、以後昭和七年迄ニ四百参拾四萬圓、合計六百九拾七萬圓ヲ要ス。右資金ハ未拂込株金ニ依リ支辨スルコトトシ、・・・現在三井信託借入金は相当ノ時期ニ於イテ鐵道財団を設定スル約束ニテ浅野、大川、岩原各氏ノ個人保証ニ依リ融通ヲ受ケ居ルモノニシテ其額百参拾萬圓ニ達シタリ。右財団設定ハ今直チニ行フ時ハ拂込総額百八拾萬圓ニ限定セラレ現開業線建設費約弐百五拾八萬圓ニ比シ著シク少額トナリ不利益ナルヲ以テ拂込額弐百五拾萬圓程度ニ達スル本年九月頃ヲ待チ財団ヲ設立スル諒解ノ下ニ漸次借入金ヲ増加スル豫定ナリ。」とあります。そして未開業三線の予算書を策定し、月別支出表、終始対照予想表を作成し、資金調達方法を検討しております。
 昭和4年当時は三井信託からの借入百参拾萬圓(現在価値22億円余)は浅野總一郎と大川平三郎、岩原謙三、三氏の個人保証で信用補完し、その後昭和7年に返済となる三井信託からの借入金30萬圓については取締役九名連名で個人保証を付与していたようです。
 上の表の推移をみてもわかりますように、資金調達額を売上高と比較して頂ければその巨額さを実感して頂けるかと思います。恐慌期の資金調達難とその後の戦時好況期の設備資金の調達を顧みましても、上場企業でもない当社にとっては正に制御困難な時代であったことがわかります。