◆大森線路線変更

 大森線は、昭和2年8月4日付で鐵道大臣宛て、区間(濱川崎駅を起点とし鐵道省大森駅に至る)地方鐵道敷設免許申請し、昭和4年6月29日付で敷設免許状下附されますが、経済状況の悪化と鶴見線竣功が優先されたこともあり、施工認可申請は期限延期の申請を繰り返さざるをえない状況となり、東京府から照会や督促もあったようです。その後昭和11年5月には浜川崎における南武鐵道との鐵道線路上下交叉について承認の運びとなり、昭和14年4月15日には工事方法・路線変更に付、関係図書差替及び起業目論見書記載事項変更認可申請の運びとなります。
 その記載を引用すると、以下の通り。

●鉄道事業に要する資金の総額及び出資方法
  資金の総額 弐千五拾四萬圓也
  出資の方法 増資及借入金ニ依ル
●線路の起終點及其ノ経過スベキ主ナル市町村名
  起點
   本線:川崎市渡田町
   穴守支線:東京市蒲田區糀谷町
   渡田支線:川崎市大島町
  終點
   本線:東京市大森區入新井町
   穴守支線:東京市蒲田區羽田穴守町
   渡田支線:川崎市渡田町
  線路ノ経過スベキ主ナル市町村名
   本線:川崎市渡田町及大師河原・東京市蒲田區羽田町・糀谷町・大森區大森町
     ・新井宿及入新井町
   穴守支線:東京市蒲田區糀谷町・羽田町・羽田江戸見町・羽田鈴木町・羽田穴守町
   渡田支線:川崎市大島町・渡田町

●理由書
@ 路線内ノ多摩川橋梁ガ河口ニ接近セル為、船舶ノ航行及将来其ノ附近ノ発展ニ備フル為ニハ可動經間ノ設置ヲ要スル旨内務省ノ御内意ヲ受ケタリ然ルニ本線ハ當地方海岸工業地帯交通幹線トシテ多量ノ旅客及貨物ノ輸送ノ責ヲ負フルヲ以テ可動橋ヲ設置スルトキハ頻繁ナル電車運転ハ不可能トナリ本線敷設ノ目的ノ大半ヲ阻害セラルル事トナリ又本線路ハ神奈川県ニ於イテ計画中ノ運河ト交差シ、県庁ニ於イテモ路線変更ヲ希望セラレ度内意アリタルヲ以テ是等ノ意ヲ考慮シ本線路ノ位置ヲ変更スルコトトナセリ

A 穴守支線ヲ設置スルニ至リタルハ第一項ニヨル路線変更ニ伴ヒ省カレタル既免許線ノ經過地ノ一部ノ旅客及貨物ノ輸送ノ為ト又一ツニハ既ニ一部竣功シ引継キ実施ノ域ニ近ツキツツアル埋立地帯ヘノ連絡線ノ一部トナシ将来埋立地内線路網トノ連絡ヲ円滑ナラシメ以テ臨港鐵道本来ノ使命ヲ全ウセンガ為ナリ

B 渡田支線ヲ設置スルニ至リタルハ既設渡田駅付近ニ於テ省社鐵道線路ヲ乗越ス為営業線トノ連絡線ハ急勾配トナリ従ツテ貨物輸送力ハ減殺セラルルノミナラズ濱川崎駅構内ハ新路線ニ出入スル貨物ノ呑吐ニ狭溢トナリ剰ヘ線路両側ハ工場ニ挟マレ拡張スルコト不可能ニ付之等貨物ノ輸送ノ敏活ト円滑ヲ期センガ為省貨物線ト新町停車場ニ於テ連絡セントスルモノナリ

C 起點ノ位置ヲ変更シタルハ営業線トノ連絡ヲ円滑ニシ合セテ直通運転ヲ可能ナラシムル為ナリ

D 資金ノ総額ヲ変更シタルハ用地内ノ移転物件増加シタル為用地費ヲ増額及物価労力ノ騰貴ニ依ル外建設費再調査ノ結果ナリ

事業資金総額が2,054万円となっており、これは現在価値で凡そ300億円余に相当するとのこと。総延長距離が16km(既設営業線のMAXが12.4km)を超える計画であること、事業化が遅れたこともあり当時としては実現困難な計画になってしまったようです。理由書に記載されておりますが、従前の計画は海岸沿いを走る計画となっておりましたが、ならば多摩川橋梁は可動橋で対応することとされたこともあり、路線変更となりました。また現羽田空港へ繋がるルートは穴守支線とされ計画されておりました。